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「多摩探検隊」アメリカへ行く
「多摩探検隊」アメリカへ行く
アメリカでの取材や、当時の現地の様子をお伝えします。 ディレクター:廣田衣里子(Boston Red Sox 優勝パレード!) ディレクター:狩野智彦(コミュニティ・アクセスへの旅) キャスター:荻島真之 石黒悠 番組プロデューサー:戸田泰雅 ![]() 出発 すべてが新鮮で、すべてが新しかった。 「多摩探検隊」がアメリカで放送されることになった。 10月29日、成田空港の出発ロビーで待つ私は、その時になって初めて、ことの重大さに気が付いた。アメリカに向かうのは先生を含めて8人。海外に初めて行く学生や、アメリカに住んでいたことのある学生と、皆それぞれ気持ちは違うものの、一学生が制作する番組がアメリカで放送されるという事の大きさを肌で感じ取っていたように思える。 私たちが訪れたのはマサチューセッツ州ボストン。ハーバード大学やMITをはじめとした学生の街として有名な都市である。 ボストンまでに要した時間はおよそ14時間。軽い時差ボケを感じながら私たちがボストンに降り立ったのは、日も暮れた夕方18時過ぎ。空港を出ると、冬の到来を告げる風が私たちの眠気を吹き飛ばしてくれた。 訪問する予定のケーブルテレビ局は5つ。それぞれ担当を決定し、下調べを行った上での訪問で、私はBoston Neighborhood Network(以下BNN)という会社の担当としてアメリカに向かった。 優勝パレード 2日目、私たちは本来の目的であるテープの納品に行く前に、ボストン市内で行われているボストンレッドソックスの優勝パレードを取材することにした。 レッドソックスがメジャーリーグで優勝するのは実に86年ぶりの快挙だそうで、ボストンの街はとても盛り上がっていた。 パレードが行われる場所まで地下鉄で移動し、駅を降りるとそこには信じられないほどの人だかりができていた。 予想以上の人ごみに驚きながらも、私たちは必死にカメラを回し、地元の人にインタビューを試みた。 当日の警備をしていた警察官の方にマイクを向け、「今の気分はいかがですか?」と拙い英語で問い掛けると、「Good(最高だね)」と短く答えてくれた。 普段は厳格なイメージのあるアメリカの警察官の方も、この時ばかりはその優勝の喜びを噛み締めていたように思えた。 まるで一生に一度のような体験をした後、私たちはボブさんに連れられ、本来の目的地であるBNNへと向かった。 アメリカで私たち多摩探検隊をサポートしてくれたボブさん。彼は、これから訪れるケーブルテレビ局・BNNの社員で、とても気さくな方だった。 アメリカのケーブルテレビ局 ボストン市内にあるビルの2階にスタジオを構えるBNN。 到着した私たちの目に真っ先に飛び込んできたのは、本格的な機材と、ガラス越しに見えるスタジオだった。 その日は土曜日だったせいかあまり人影はなく、閑散としたBNNで、ボブさんが私たちに設備の説明を丁寧にしてくれた。 一通りの説明が終わった後、ある提案がボブさんの口から告げられた。 「スタジオで実際に撮ってみるかい?」 なんと、スタジオを使っても良いとのお許しを得ることが出来たのだ。早速私たちはこの滅多に無いチャンスを生かすため、キャスターのコメントの収録をしてしまおうと画策し、急いで撮影の準備に取り掛かった。 しかしながら、納得のゆくカットが撮れないまま、収録は終了した。スタジオで不自然な笑顔をばら撒くキャスターが映るテープは、もう二度と日の目を浴びることは無いだろう。 その後、大統領選挙の模様をレポートしたり、ハーバード大学を見学したりと、ようやく慣れてきたアメリカを満喫した。また、ボストンにある他のケーブルテレビ局への訪問と納品も行った。 「多摩探検隊」がBNNに そして迎えた3日後の朝。その日は大統領選挙の投票日で、ボストンの街はどこか慌しく動いていた。私たちもボストンに滞在する最後の日とあって、インタビューを撮ったり、選挙で盛り上がる街並みを撮影したりと、休む暇は無い。 午後からBNNへと向かった私たちは、テープを渡すBNNのトップの方であるジムさんに会った。ジムさんはアメリカ人らしい体型と言ったら良いのだろうか、とても大きい方で、気の小さい私はまたしても雰囲気に飲まれてしまった。それでもなんとかインタビューを進め、最後に私たちが日本から持ってきたテープを手渡す時がきた。 思えばついこの前に始まったばかりだと思っていた私たちの活動が、遠く海を越えて、アメリカでも放送されることになるとは、まさに夢にも思わなかった。 テープを手渡し、ジムさんの大きな手と握手を交わす。その時になって、ようやく私は実感することが出来た。自分が何をしにここまで来たのか、私たちがやっている事が何なのかが。多摩のケーブルテレビ局で流れている、大学生が作っている番組がアメリカで放送されるのだ。 なんてすごいことをしているのだ!と叫びそうになるのを抑えながら、私は自分の担当している局に無事テープを届けられたことに安堵した。 次の日、私たちはニューヨークに渡り、ニューヨークのケーブルテレビ局へも無事テープを納品することが出来た。慌しい1週間があっという間に過ぎ、私たちは日本へと帰国した。 帰国して 今回、このプロジェクトに関わることが出来たことを非常に嬉しく思う。 普通に旅行をしたのでは味わえない、アメリカの報道の裏側とまでは言えないものの、貴重な体験をすることが出来たことと、何より日本の大学生が作った番組がアメリカのケーブルテレビで放送されるという歴史的快挙とも言える場面に立ち会うことが出来たからだ。 すべてが初体験だったアメリカ。私は何か変わることができたのだろうか。無事にテープを届け、エンパイアステートビルの屋上から見た景色を、私は忘れない。 ともかく、「多摩探検隊」アメリカに進出、である。 文章:「アメリカプロジェクト代表」荻島真之
by tamatankentai
| 2004-11-20 00:00
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